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祇園祭山鉾巡行、京都観光写真集

 

祇園祭山鉾33基巡行順番

令和元年7月17日 前祭 山鉾巡行順
 1、長刀鉾(なぎなたほこ)(朝9時に四条烏丸を出発)
 2、蟷螂山(とうろうやま)(別名 かまきりやま)
 3、芦刈山(あしかりやま)
 4、木賊山(とくさやま)
 5、函谷鉾(かんこほこ)
 6、郭巨山(かっきょやま)
 7、綾傘鉾(あやがさほこ)
 8、伯牙山(はくがやま)
 9、菊水鉾(きくすいほこ)
10、油天神山(あぶらてんじんやま)
11、太子山(たいしやま)
12、保昌山(ほうしょうやま)
13、鶏鉾(にわとりほこ)
14、白楽天山(はくらくてんやま)
15、四条傘鉾(しじょうかさほこ)
16、孟宗山(もうそうやま)
17、月鉾(つきほこ)
18、山伏山(やまぶしやま)
19、占出山(うらでやま)
20、霰天神山(あられてんじんやま)
21、放下鉾(ほうかほこ)
22、岩戸山(いわとやま)
23、船鉾(ふねほこ)

令和元年7月24日 後祭 山鉾巡行順
 1、橋弁慶山(はしべんけいやま)
       (朝9時半に御池通烏丸を東に向けて出発)
 2、北観音山(きたかんのんやま)
 3、鯉山(こいやま)
 4、八幡山(はちまんやま)
 5、黒主山(くろぬしやま)
 6、南観音山(みなみかんのんやま)
 7、役行者山(えんのぎょうじゃやま)
 8、浄妙山(じょうみょうやま)
 9、鈴鹿山(すずかやま)
10、鷹山「唐櫃(からびつ)巡行」
11、大船鉾(おおふねほこ)

 祇園祭山鉾巡行の順番は年によって異なります。籤取らずと云われる9基の山鉾は巡行順が定まっていますが、その他の25基の山鉾は年毎に京都市長出席のもとで7月2日に籤引が行われ、その年の巡行順が決められます。

葵祭(あおいまつり)

 京都の春を飾る葵祭は、祇園祭、時代祭とともに京都の三大祭の一つとして知られています。毎年5月15日に行われる葵祭は、上賀茂神社(賀茂別雷(かもわけいかずち)神社)と下鴨神社(賀茂御祖(かもみおや)神社)の例祭で、平安王朝貴族の優雅典麗な姿が京都の今に再現されます。賀茂祭が葵祭の名で呼ばれるのは牛車(ぎっしゃ、御所車)、行列に加わる勅使などの人物や牛馬にいたるまですべてを「フタバアオイ」の葉で飾ることに由来します。賀茂祭の歴史は平安時代よりもさらに遡り、今から約1400年も前の頃の凶作が続いた時に賀茂の神様の崇敬者が施行した祭礼の効が実り、その後は天候が安定して五穀豊穣が続いたことに由来するそうです。平安朝の頃には国家行事として行われていたこの祭が今の形に整えられたのは明治時代以降のことです。
 平安装束で葵祭行列に参加する人達は500人を超え、藤の花で飾られた御所車(牛車)2基、馬36頭、牛4頭などの雅な行列がおよそ1キロの長さで京都御所から下鴨神社を経由して上賀茂神社まで続きます。行列を先導する乗尻(のりじり)に始まり、検非違使などの第一列、車輪をきしませて進む牛車などの第二列、近衛使などの第三列、内蔵使などの第四列、斎王列と続きます。行列のメインは輿に乗った斎王代で、年毎に京都在住の未婚の女性から選ばれます。斎王とは伊勢神宮や賀茂神社に奉仕した未婚の内親王で、斎王代は斎王に代わる者を意味します。斎王代が行列に加わったのは1956年(昭和31年)からだそうです。

時代祭(じだいまつり)

 明治維新で都が東京に移り疲弊してしまった京都の街に活気を呼び戻す為に、平安遷都から1,100年目にあたる明治28年に平安京を造営した桓武天皇をご祭神として平安神宮が創建されました。それを祝して開催されたのが時代祭の始まりです。
 1200余年前の10月22日に平安遷都が行われました。この京都の誕生日を記念して行われる時代祭は、京都に都があった平安時代より幕末までの歴史風俗を忠実に再現した行列です。錦の御旗を掲げる維新勤王隊列を先頭に歩く行列は平安遷都の時点に向けて時代を遡り、各時代の装束を身につけた2,000人もの人々が華やかな時代絵巻を繰り広げます。行列で見られる衣装祭具等は、歴史的に考証された素材が使われ、当時を忠実に再現されており、文化、技術の変遷を見て楽しめます。
 正午に京都御所を出発して午後2時半に平安神宮に至る華やかな行列は80頭近い牛や馬と約2,000人の人員で構成され、一ヶ所の通過時間は約2時間を要します。

▼下の写真は長刀鉾の辻まわし(平成23年に御池通新町にて撮影)
祇園祭山鉾写真

▼葵祭の牛車(平成22年5月15日、京都御苑で撮影)
top画像4葵祭牛車

▼時代祭 豊公参朝列の牛車(平成22年10月22日、京都御苑で撮影)
時代祭牛車