境内には千二百体もの石造りの羅漢さんが様々な表情で紅葉の下でたたずみ、見る者の心をなごませてくれます。これらの石像は一般の参拝者によって彫られたものです。
愛宕念仏寺の由緒
愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)
寺伝によれば、奈良時代の七六四年から七七〇年頃、稱徳(しょうとく)天皇により、東山区松原通大和大路東入(旧愛宕郡(おたぎぐん))の地に建立された愛宕寺(おたぎでら)に始まる。
平安時代の初め、鴨川の洪水により堂宇が流失したため、比叡山の僧・阿闍梨伝燈大法師千観内供(あじゃりでんとうだいほうしせんかんないぐ)によって中興され、等覚山愛宕院(とうかくさんおたぎいん)と号する天台宗延暦寺の末寺となった。大正十一年(一九二二)、本堂の保存のためにこの地に移築された。
境内には、参拝者によって彫られた千二百体に及ぶ羅漢(らかん)の石像が表情豊かに建ち並び、和やかな雰囲気を漂わせている。
本堂(重要文化財)は、方五間(ほうごけん)、単層入母屋造(いりもやづくり)で、度々移建され、補修を加えられているが、鎌倉時代中期の和様建築の代表的遺構である。堂内には、本尊の千手観音像が祀(まつ)られている。
また、地蔵堂には、火之要慎(ひのようじん)のお札で知られる火除(ひよけ)地蔵菩薩坐像が安置されている。これは、火伏せの神として信仰されている愛宕山(あたごさん)の本地仏(ほんじぶつ)が地蔵菩薩であることに由来するとされる。 京都市
▲上は愛宕念仏寺に掲げてある右下の写真の京都市の駒札説明板を再録しています。
▲紅葉に包まれる愛宕念仏寺の地蔵堂
▲様々な表情の愛宕念仏寺の羅漢さん
▲愛宕念仏寺に掲示されている京都市の駒札説明板