六孫王神社
(ろくそんのうじんじゃ)
JR京都駅から西へ15分ほど新幹線のガード沿いの道を歩いたところに、桜が美しい六孫王神社があります。
六孫王神社には清和源氏の祖といわれる六孫王源経基が御祭神としてお祀りされています。
境内中央の神龍池には神様のお使いの鯉が泳いでいます。
鯉は絵馬のモチーフともなっていますが、鯉は恋に通ずるとして縁結びのご利益もあるそうです。
下の写真の石の太鼓橋は「恋のかけ橋」とも呼ばれています。
六孫王神社の場所
京都市南区壬生通八条上る八条町
六孫王神社の御祭神
源朝臣経基、天照大神、八幡大神
六孫王神社への電車とバス
JR、市営地下鉄、近鉄「京都」駅八条口より西へ徒歩約15分
市バス「六孫王神社前」下車、徒歩すぐ(京都駅八条口より16系統乗車)
六孫王神社の参拝 境内参拝自由
六孫王神社の由緒
六孫王神社
《神社の盛衰》
鎌倉三代将軍源実朝が、公暁に暗殺された折り実朝の夫人は亡夫の菩提を
弔うために出家して、源氏ゆかりの此の地に庵を結び、萬祥山大通寺と号し
て、六孫王神社を鎮守社として明治維新政府の神仏分離令により、又東海道
線敷設により九条大宮南へ移築されるまで盛衰を共にしたのである。
特に北条政子(頼朝夫人)が、又室町時代には代々の足利将軍家が多くの社
領を寄進し、源氏の宗社として之を庇護したが、足利義満の時代には社殿佛
閣がほとんど炎上し、応仁の乱によって社領を奪われてしまった。しかし往
古よりの祭祀佛事は滞りなく、公武の栄幸を祈り祀れるを、江戸時代に入っ
て、元禄十三年より徳川家並びに清和源氏嫡流の諸候と共に再興に取りかか
り、宝永四年(一七〇七)に竣成し、盛大に祭儀が執行された。(これ以来
の十月の例祭を宝永祭とも称する)又元禄十四年には東山天皇より、権限号
並びに正一位の神階を賜り、名実ともに京都洛南の名社として栄えたのであ
る。
末社の弁財天像は弘法大使御作と云われ、経基王が御子満仲公誕生のおり
産湯に使われた井戸の上に祀られたところから誕生水弁財天と呼ばれ、昔か
ら幼児の守護神(井戸水は特に安産の水・健育の産湯として都七名水の内の
一つに数えられていた)として、又無病息災の守り神としてこれまた霊験あ
らたかな御祭神であり、毎年六月十三日には弁財天御開帳祭が行われます。
《年中行事》
一月一日 元旦祭
一月十五日 成人祭・とんど祭
二月三(四)日 節分祭
三月春分の日 祖霊祭
四月第二日曜日 源氏祭
六月十三日 弁財天御開帳祭
六月三十日 夏越祓祭
九月秋分の日 祖霊祭
十月九・十日 宵宮・宝永祭(例祭)神幸祭
十一月第三日曜日 火災祭
十二月三十一日 除夜祭
上は六孫王神社境内に掲げてある由緒書の左半分(下の写真)を再録しています。
六孫王神社の桜の写真のページもご覧ください。